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WORLD AEROBATICS CHAMPIONSHIP
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閉会式

 

会場ではラダーの名前を見た人たちが素晴らしいと喜んでくれた。

その日午後7時半、閉会式を兼ねたバンケットに出席した。400人ほどいるかと思われる広い会場で、オクラホマ牛のローストを食べながらの授賞式である。最終結果の発表前に、各国の紹介が行なわれた。陽気なイタリアチームが着席すると、アナウンスされた。
「今回、アジアから初めて出場してくれた素敵な友達、ジャパン」

 

トニーも私もびっくりした。日本初だということは知っていたが、アジア初だとは全く考えてもみなかったのである。起立したトニーは割れるような拍手を受け、思わずおじぎをしてしまい、やんやの喝采を浴びた。

 

トニーの20年をかけた夢はこうして終った。

 

しかし、また新たな夢がたくさんできてしまった。来年アメリカで開催されるアドバンス世界選手権、トルコのヨーロッパ選手権、再来年スロバキアで開催される世界選手権。毎年開催される兵庫県但馬のワールドカップ。トニーのバックは紹介パンフレットでずっしりと重くなった。しかし、トニーの心は軽かった。期待していた以上に飛べたと思う。自分のフライトに悔いはない。これは確かに世界のトップパイロットに近づくための着実な一歩だ。

 

この2週間、たくさんの人たちが日本テントを訪れてくれた。各国のパイロットたちはもちろんのこと、地元のボランティア、昔沖縄にいたというおじいちゃん、日本好きの人々など。驚いたことに、日本テントは毎日座る場所もないくらいにぎわっていたのである。エアロバティックを愛する人々に国境はないようだ。

 

晴れやかなトニーと対照的に、暑さと疲れでバテバテの私。

日本から初参加ということで、パイロットたちからバッジやTシャツやワッペンをプレゼントされ、たくさんのサインを求められた。地元のピッツファンや日本の全く知らない人たちからもインターネットで盛大な応援をいただいたのは、予期せぬ嬉しさであった。

 

私たちはペイジ・エアポートを去るとき、感謝の気持ちを込めてテントの中を掃除した。2週間のわが家。私はこの家にひとつのプレゼントをした。軽くなった左手の薬指。さして一所懸命捜さなかった自分も不思議だが、4畳ほどしかない敷地で見つからなかったのはなぜだろう。私の結婚指輪はここにずっと残りたかったにちがいない。私たちのエアロバティックの故郷の証として。

 

(終)

 

1996年10月   寺島珠生

写真:トニー比嘉・寺島珠生
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