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はじめに
1996年、トニー比嘉が第18回世界エアロバティック選手権に出場したときは、家族、親戚、友人たちからたくさんの寄付をいただきました。この文は協力してくださった皆さんへの感謝の気持ちと、一緒に感動を分かち合いたいという思いから書いたものです。
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| 世界選手権の開催地、オクラホマ州へ Pitts S2B で移動中のランディーとトニー。 |
この度、この文を公開するに当たって、トニーを世界選手権へと導いてくれたコーチのランディ・ガニエに、あらためて感謝の意を表したいと思います。ありがとう、ランディ!!
ランディは世界選手権の翌年、1997年の10月25日に飛行機事故で亡くなりました。42歳でした。トニーがランディと出会ってからたった2年の間に、多くの日本人にエアロバティックを指導し、日本人のエアショー・パイロットも輩出しています。Pittsに乗せたら、ランディの右に出るものは今でもいないでしょう。
2003年にトニーのPitts、Tango-Tango が完成し初めて空を飛んだとき、Tango-Tangoでリノ・エアレースに参戦し初めてパイロンを回ったとき、一番見てほしかったのがランディでした。ランディが見ていてくれたら、誰よりも喜んでくれたにちがいありません。
世界選手権から13年を経て再び、トニーの活動を支えてくださる皆さんやトニーを応援してくださる皆さんにこの文を読んでいただけることは、このうえない幸せです。
2009年8月 寺島珠生

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